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し と り じ ん じ ゃ

真幡木神社まはたぎじんじゃ

御祭神  御由緒  その他  アクセス 


御祭神・真幡木五柱


別雷命(ワケイカヅチノミコト)

加茂(鴨)別雷命。上賀茂神社のご祭神。雷神。

○「ワケ」は分けるの意味であり、「雷を別けるほどの力を持つ神」であり、「加茂之本地」では「阿遅鉏高日子根神」と同一視されている。
○記紀神話には登場しないが、「山城国風土記」逸文には、加茂建角身命の娘の玉依姫が、石川の瀬見の小川(鴨川)で遊んでいたところ、川上から丹塗矢が流れてきた。それを持ち帰って寝床の近くに置いたところ、玉依姫は懐妊し、男の子が生まれた。これが加茂別雷命で、丹塗矢の正体は乙訓神社の火雷神であったという。
○祈雨(雨乞い)、止雨(治水)、農業産業開発の守護、開運


素盞鳴命(スサノオノミコト)

天照大神の弟、三貴子の一人、荒ぶる神

○黄泉国から戻ったイザナギが、日向の橘の小門で禊ぎをしたとき、左の目からアマテラス、右の目からツクヨミが生まれ、続いて最後に鼻を洗ったときに生まれた神がスサノオで、三貴子の第三子。
 イザナギから海原の統治を命じられるが、母イザナミのいる根の国に行きたがって哭き続け、下界を混乱させたために怒ったイザナギに追放される。アマテラスのもとにいくと、高天原を奪い取りに来たかと疑われ、心身の潔白を証明するために、アマテラスと天安河を挟み誓約(うけひ)による子生みをして、三女神の父親となる。
 その後、スサノオは、高天原でひどい乱暴を働き、そのためアマテラスは岩屋に隠れてしまい、世界中が暗黒になるが、天つ神たちの祭りによりアマテラスが招き出されるとスサノオは高天原から追放される。
 地上に降りたスサノオは、出雲の肥の河の川上で八俣大蛇(やまたのおろち)を退治して草薙の剣を得て、アマテラスに献上し、出雲の須賀に宮を建て、「あが御心すがすがし」といって鎮座した。八俣大蛇から救ったクシナダヒメと結婚し、その子孫にオオクニヌシが生まれる。
 オオクニヌシの神話の中でスサノオは根の国の主神として登場し、そこにやって来て娘スセリビメの夫となったオオクニヌシに数々の試練を課すが、スセリビメに助けられつつそれらを果たしたオオクニヌシがスセリビメを背負い地上に脱出した時には、ヨモツヒラサカまで追いかけてきて、そこから逃げていくオオクニヌシに大声で祝福の言葉をかけた。

○農業神、山の神、海の神の祖神、防災除疫神、学問、縁結び、商売繁盛、国土安全


 

大山祗命(オオヤマツミノミコト)

伊邪那岐神・伊邪那美神の神生みの時に生まれた山の神の総元締め
○国家安泰、家内安全、商売繁盛、寿命長久、縁結び、厄除け、雨乞い、農林水産業守護


 

速佐須良姫命(ハヤサスラヒメノミコト)

素戔嗚尊の娘の須勢理毘売命(スセリビメノミコト)と同一神
○根の国、底の国で罪穢れを流失させる女神。
○速く鎮痛させる神(痛みを擦ると痛みを失わせる意)。


譽田別命(ホンダワケノミコト)

第15代応神天皇のこと。(八幡さま。生前は譽田別命で、応神は送り名)

○全国の八幡宮のご祭神。八幡信仰(八幡神、八幡大菩薩と呼ばれて文武両道の神の神威)。天神様に次いで、全国2番目に多い神社のご祭神。八幡信仰の総本山は、宇佐神宮(大分県宇佐市)

○仲哀天皇と神功皇后の第四皇子。母の神功皇后り胎内にあったときから、皇位に就くこととなったため、「胎中天皇」とも称される。八幡宮の多くは、后神の比売神(宗像三女神)と母神の神功皇后が一緒に祀られていることが多く「三座一体」という。

○ご神徳は、悪霊防除という基本的な霊力に基づく、厄除け、病気平癒、家運隆昌、成功勝利、国家安泰、殖産興業、交通安全のほか、縁結び、子宝、安産、子育て守護、教育があり、「三座一体」に由来する。

○治世は、学問的にも日本の歴史時代の始まりとされる。百済から帰化人を受け入れ、中国の文芸や工芸を積極的に導入し、「わが国文化の基礎を築いた」という功績がある。



上賀茂神社のご祭神、別雷命をご奉斎している当神社。当家兼務神社の杉森神社(下砂見)も同じくご奉斎しています。京都の地と深いつながりがあったのかもしれません。

以上


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真幡木本殿

御由緒

勧請年代は不明だが古くから産土神真幡木大明神と称して崇敬されてきた。明治元年8月に境内鎮座の八幡大神宮(祭神・譽田別命)と荒神社(祭神・素盞鳴命)、また、同村字荒神谷に鎮座の山ノ神社(祭神・大山祗命)と同村字椎木谷に鎮座の佐羅谷瀧神社(祭神・速佐須良姫命)の四柱を合祀して、真幡木神社と称する。
明治5年3月に村社に列格され、同40年4月27日神饌幣帛料供進神社に指定される。境内摂社に稲荷社(祭神・宇加之御魂神)を祀る。
例祭前夜祭に、麒麟獅子舞と樽神輿(子供神輿)を奉納する。


円通寺は、「縁通路」に由来する。
真幡木鳥居 真幡木神社のある円通寺という地名は、江戸期には「縁通寺」とも書き、大己貴命(大国主命)が八上姫と結ばれたという故事に由来するという(因幡誌)。
しかし、真幡木神社にともに合祀されている素戔嗚尊とその娘である速佐須良姫命(須勢理毘売命)は、大己貴命が兄弟神の八十神たちから命を狙われて素盞鳴尊のいる堅州の国(地底の国)に逃げた時、須勢理毘売命と良い仲となり、素戔嗚尊のあらゆる試練を二人で乗り越えて結ばれた。そのため既に妻であった八上姫は、須勢理毘売命に遠慮して故郷に帰って行ったという神話がある。
なんとも複雑で奇妙な「縁」であろう。

 


- 禰宜の一考察 -

なぜ上賀茂神社の御祭神「別雷命」をご奉斎する「真幡木神社」と称する神社がこの地にあるのかは、明確な答えは見つかりません。全国に「マハタギ」又は「マハタキ」と発音する神社は珍しく、あまり見当らないのです。
現在、京都市伏見区にある「城南宮」の摂社として「真幡寸(マハタキ)神社」があります。ご祭神名は不詳のようですが、延喜式神名帳に、「山城国紀伊郡 真幡寸神社二柱」とある式内社で、日本紀略(平安末期頃成立)の嵯峨天皇・弘仁7年(816年)7月条に、「山城国紀伊飛鳥田神・真幡寸神官社の例に預り、並びに(共に)
鴨別雷神の別也」とあり、別雷神が真幡寸神社の御祭神であると推測されます。
また、日本の神々5(城南宮の条・2000)には、「真幡寸神社の創建年代は不明であるが、平安遷都(794年)以前より当地一帯を勢力下においていた秦忌寸氏(ハタイミキシ)の氏神として、鳥羽郷真幡木里に纛神(ハタ神orハタホコ神)を祀ったのがはじまりとされている」とあり、古代の朝鮮半島からの渡来豪族・秦氏が建てた神社という説もあります。真幡木の「ハタ」幡は、「秦氏」からきているのかもしれません。つまり、真幡寸神社二柱とは、別雷命と纛神のことではないかと思われます。
真幡寸神社は、今は城南宮の摂社となっていますが、式内社調査報告に「明治維新後、式内真幡寸神社の古名に復し(明治10年・1877年)府社に列していたが、今時大戦後再び城南宮と改称(昭和27年・1952年)、真幡寸神社は境内摂社として城南宮本社社殿の東隣に一画を劃して奉祀されるようになった」とあります。昔は城南宮と真幡寸神社とは同じ神社との認識があったと推測されるそうです。
この城南宮の御祭神三柱の中には、神功皇后がお祀りされています。神功皇后といえば、第15代応神天皇・譽田別命の母親で三韓征伐で有名。そして、当真幡木神社に合祀されている御祭神は、譽田別命であります。
何れも推測の域は出ませんが、当神社が京都・上賀茂神社鎮座の御祭神・別雷命をご奉斎し、同じ御祭神をご奉斎しているであろう京都・真幡寸(マハタキ)神社との名のつながりがあること。また、真幡寸神社は朝鮮半島渡来豪族・秦氏の建立という説があり、昔は同じ神社とされていた城南宮の御祭神は、三韓征伐で朝鮮半島とつながりのあった神功皇后であり、当神社には、その皇子・譽田別命が合祀されていること。(全国の八幡さまには、譽田別命と神功皇后は一緒に祀られていることが多い)何となくですが、真幡木神社勧請の糸口が見えてきませんか?
(文中、「戸原のトップページ(山城の式内社/真幡寸神社)」より引用させていただきました)



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  お供え

その他

 

御祭典日程

○前夜祭
 平成29年4月28日(金)午後8時~

○例祭
 平成29年4月29日(日)午前9時~

○夏大祓
 平成29年6月4日(日)午前9時~

○夏祭
 平成29年7月23日(日)午前10時~

○感謝祭      
 平成29年11月19日(日)午前10時~

○霜月大祓
 平成29年12月10日(日)午前10時~

○年賀厄払
 平成30年2月4日(日)午前10時~


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アクセス

真幡木神社

〒680-1144 鳥取県鳥取市円通寺1043-3


アクセス

車

自動車の場合

鳥取自動車道「鳥取南IC出口」を出て、約5分。
※駐車場はありません。通行の妨げにならないよう駐車し、徒歩にておあがり下さい。



御扉

information神社情報

倭文神社

〒680-1151
鳥取県鳥取市倭文548-1
FAX.0857-28-8343
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