占いを執り行い神霊を祀る神。忌部氏(後の斎部氏)の祖。
○天照大御神が天岩屋戸にお隠れの際に、八百万(やおよろず)の神が再出現を願って長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせたり、鏡や玉を作らせて天児屋命(アメノコヤネノミコト)と布刀玉命に占いをさせたりした。榊(さかき)に玉・鏡・幣(ぬさ)を付けて御幣(ごへい)として、布刀玉命が捧持(ほうじ)し、天児屋命が祝詞を奏上した。この二神が光り輝く鏡を天照大御神に見せたところ、いよいよあやしく思って外をうかがったとき、天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)が天照大御神の手を取って引き出し、布刀玉命が注連縄(しめなわ)を引き渡して再び天岩屋戸へ戻れないようにした。こうして明るい世界がよみがえった。
布刀玉命は、ここでは御幣を捧持し、注連縄を張る役の神として登場する。天孫降臨(てんそんこうりん)の段においては、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)の五伴緒(いつとものお)として天降る布刀玉命は、「忌部首等祖(いんべおびとのおや)」と記されている。
○天児屋命とともに、祭祀を司る神。占いの神、神事の神。
○開拓の神、産業開発守護、殖産興業、技術向上、災難厄除け、交通安全、縁結び
加茂(鴨)別雷命。上賀茂神社のご祭神。雷神。
○「ワケ」は分けるの意味であり、「雷を別けるほどの力を持つ神」であり、「加茂之本地」では「阿遅鉏高日子根神」と同一視されている。
○記紀神話には登場しないが、「山城国風土記」逸文には、加茂建角身命の娘の玉依姫が、石川の瀬見の小川(鴨川)で遊んでいたところ、川上から丹塗矢が流れてきた。それを持ち帰って寝床の近くに置いたところ、玉依姫は懐妊し、男の子が生まれた。これが加茂別雷命で、丹塗矢の正体は乙訓神社の火雷神であったという。
○祈雨(雨乞い)、止雨(治水)、農業産業開発の守護、開運
上賀茂神社のご祭神、別雷命を合祀している当神社。当家兼務神社の真幡木神社(円通寺)も同じくご奉斎しています。何らかつながりがあったのかもしれません。
勧請年間は不明、古くから杉森大明神と称されていたが、明治元年に杉森神社と改称する。明治4年村社に列格し、同40年4月27日神饌幣帛料供進神社に指定される。昭和4年7月17日同村大字中砂見轟に鎮座する村社轟神社(別雷命)を合祀する。
荘厳な杜を背景にしながらも、境内地が県道に面していて、身近に参拝できる氏神様として親しまれている。
本殿横に冷水が湧き、神水として氏子に喜ばれている。
以前は、麒麟獅子舞も奉納されていた。
社紋は、「五三の桐」。
杜の神社
背後に荘厳な杜(もり)があり、鎮守の森らしい社名も納得できる。
- 禰宜の一考察 -
何故、天布刀玉命をご奉斎しているのか?
記紀神話の中でも、天の岩屋戸という神道の核心部分に関する物語に、祭祀・占いなど重要な役割として登場する神様です。
祭祀を重要な事柄としたご先祖様たちの強い思いも感じますが、天布刀玉命は天の岩屋戸の前に神籬(ひもろぎ)をつくり、玉、鏡、木綿(ユフ)と麻を製造して神事を行ったとされています。
木綿と麻の製造といえば、機織りともつながり、この物語で天羽槌雄神が文布(あやぬの)を織ったとされていますが、本務社の「倭文神社」(御祭神・建葉槌命-機織りの神様=天羽槌雄神と同一神)とも何らかのご縁があったのかもしれません。
御祭典日程
○祈年祭
平成29年4月2日(日)午前10時~
○夏祭大祓
平成29年6月18日(日)午前10時~
○例祭
平成29年10月22日(日)午前10時~
○感謝祭
平成29年11月12日(日)午前10時~
○霜月大祓
平成29年12月17日(日)午前10時~
○年賀厄祓
平成30年2月11日(日)午前10時~
杉森神社
〒680-1154 鳥取県鳥取市下砂見530
鳥取自動車道「鳥取南IC出口」を出て、約5分。
※車は鳥居から県道をまたいだ空き地に駐車して下さい。